日本患者会情報センター

キーパーソンに聞く第1回


第1回:伊藤雅治氏

キーパーソンに聞く:伊藤雅治氏

「患者の声を医療政策に反映を」
行政側と結びつけるシステムが必要

伊藤雅治氏(いとう・まさはる)
社団法人全国社会保険協会連合会理事長、元厚生労働省医政局長

1968年新潟大医学部卒。同年に新潟県新津保健所入所、旧厚生省審議官(科学技術・児童家庭担当)などを経て、98年同保健医療局長、99年同健康政策局長(2001年1月省庁再編で厚生労働省医政局長)、同年8月辞職。同年10月に社団法人全国社会保険協会連合会参事となり、03年3月から現職。65歳。

伊藤雅治さんは厚生労働省医政局長を退官後、「患者の声を医療政策の決定プロセスに反映させる」研究活動に熱心に取り組まれています。これまでの経験や研究活動を踏まえ、患者の声を届けるための仕組みづくりについて語っていただきました。

厚労省時代から患者参加型の決定プロセスの重要性を痛感

司会
「患者の声を医療政策の決定プロセスに反映させる」というテーマに取り組まれているそうですね。医療政策の要となる医政局のトップを務めた伊藤さんがこのテーマに取り組もうと思ったきっかけを教えてください。
伊藤
2001年8月に医政局長を最後に退官するまで、旧厚生省時代を含めて厚労省には30年間勤務しました。若いときは感じなかったけれども、課長、審議官など役職が上がると、自分が重要と考える医療政策が日本医師会など医療を提供する側の反対で実現できなかったり、実現が遅れたりすることを何回か経験しました。そうした際、私自身が日本医師会の役員と一対一で議論することはありましたが、患者や市民に分からないところで決まっていました。こうした決定プロセスを変えたいと思ったためです。
もちろん医療を提供する側である医師会や病院団体などときちんと話し合いをして、医療政策を決めていくことは必要です。しかし、医療を利用するサイドの人たちも参加する形で合意形成していく重要性を厚労省時代から痛感していました。
司会
「患者の視点」を重視することは、2006年度の医療制度改革の出発点となった厚労省の「医療提供体制の改革ビジョン」(2003年8月)などに盛り込まれています。現状はどうでしょうか。
伊藤
どのような医療提供体制が望ましいのかを議論する厚労省の社会保障審議会医療部会には患者側の委員が入って、審議会で決めることに反映していきました。また診療報酬を議論する厚労相の諮問機関、中央社会保険医療協議会(中医協)にも患者側の委員が入るなど、2005年9月から東京大学の医療政策人材養成講座の研究として今回の医療制度改革を検証した結果では、決定プロセスは少しずつ変わりつつあると考えています。
ただ『患者の視点』は意識していても、『患者の声を生かす』ということについては、立場が違うと、かなりズレが生じており、温度差があると感じました。

一番ダメなのは『患者の声を汲み上げる』というアリバイづくり

司会
具体的には、どのようなズレでしょうか。
伊藤
上の立場から父権的に患者の声を聞くのか、それとも患者が自ら要求を出すことに期待をしているかで、大きな違いがあります。父権的に聞くことをイメージしていると、現在の仕組みで十分対応できると考えてしまいます。
東大講座の研究として、与野党の医療担当の国会議員などにもインタビューしましたが、患者の声の意味づけには、大きく分けて3つの立場があると思いました。『患者の声に耳を傾ける』という立場のほか、『患者参加の形を作る』、そして『患者の声を汲み上げる』――です。概して与党政治家は、父権的なニュアンスで『患者の声に耳を傾ける』ことの重要性を強調しました。
一番ダメなのは、『患者の声を汲み上げる』というアリバイづくりです。たとえば審議結果などについて意見を募集するパブリックコメントを行いながら、一つも反映しないケースです。
『患者の声を汲み上げる』には、与党政治家が『大きい声の人の意見が通り、我慢する人は残されてしまう』などと危険性も指摘しています。誰が患者を代表し、どのような基準で何を取捨選択するのか、そのための仕組みをどのように作るのかが大きな課題となります。
司会
今回の医療制度改革では、「患者の視点の重視」という考え方は、各都道府県が地域の実情に応じて計画する「地域医療計画」の決定プロセスでも盛り込まれていますよね。
伊藤
そうですね。医療を利用する側が積極的に医療政策の決定プロセスに参画するチャンスと思っています。これまではよりよい医療政策をそれぞれの地域でどうやって実現していくのかという視点が欠けていましたが、地域に根ざした医療提供体制を構築する法律上の仕組みはできました。ただ中身を作るのはこれからです。

患者の声を届けるには疾患の枠を超え共通課題に目を向けることが大切

司会
こうした医療政策の決定プロセスに患者の声を反映させるためには何が必要と思いますか。
伊藤
現在行政が取り組もうとしているテーマにもっとも適していると思われる団体を行政担当者につなぐマッチングシステムだと思います。
参考になるのは、英国のLTCA(Long-term Conditions Alliance)という患者団体の連合体です。特定の疾患の問題ではなく、長期的に医療を受ける状態にある人々に共通する問題の解決を目指して1992年に正式に結成され、現在は100を超す患者団体が加盟しています。政府から『代表を派遣してほしい』『委員会で発言できるような人材をノミネートしてほしい』と依頼されると、LTCAの理事やスタッフ、加盟団体のスタッフの中から、適切な人材を選定、様々な医療政策に関わる諮問委員会などに参画して、政策提言をしています。
この日本患者会情報センターのデータベースもそうした活動のきっかけになる一つの有効な方法だと思います。日本でいきなりLTCAのような組織を立ち上げることは難しいとしても、患者団体が疾患の枠を超えた共通の課題に関心を持って目を開けば、患者の声を政策立案者や医療提供者に届けるシステムを構築していくことは決して不可能ではないと思います。

インタビュー・文/前村 聡(掲載日2007年11月15日)

伊藤雅治氏らが東京大学医療政策人材養成講座2期卒業研究として2006年度の医療制度改革を検証した論文「患者の声を医療政策決定プロセスに反映させるために」はこちらからお読みいただけます。

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